英国政府は1月20日、中国がロンドン中心部に計画する欧州最大規模の大使館建設を正式に承認した。ロンドン塔に隣接する旧王立造幣局跡地(ロイヤルミント・コート)に建設される新大使館は、敷地面積約2万平方メートルに及び、中国が2018年に約2億2500万ポンド(約380億円)で取得したもの。スティーブ・リード住宅・自治体相が最終的な建設許可を与えたことで、7年越しの論争に一応の決着がついた形となった。
しかし、この決定に対しては英国内外から強い懸念の声が上がっている。英国議会の国家安全保障戦略合同委員会は、同大使館が「情報収集活動と威圧活動の拡大拠点となる」と警告し、計画の却下を求めていた。野党・保守党のケミ・バデノック党首は承認直前の週末に数百人の抗議者を率いてデモを行い、「政府は中国を恐れている」と批判した。
一方、MI5(英国保安局)のケン・マッカラム長官とGCHQ(政府通信本部)のアン・キースト=バトラー長官は連名で、「当該大使館に関連する国家安全保障上のリスクを完全に排除することは現実的ではない」との書簡を政府に送付している。
金融インフラへの接近と諜報活動への懸念
批判の焦点となっているのは、大使館予定地の地下を通過する光ファイバーケーブルの存在だ。これらのケーブルは、シティ・オブ・ロンドンとカナリー・ワーフという二大金融街を結び、膨大な金融データを伝送している。公開された設計図によれば、中国側は地下室の壁を取り壊して再建する計画であり、その結果、中国の外交官や各種機材がケーブルからわずか約1メートルの位置に配置されることになる。
サリー大学のアラン・ウッドワード教授(情報セキュリティ専門家)は、この物理的近接性が盗聴の機会を生む可能性を指摘し、「このような位置関係は巨大な誘惑となりうる」と警告した。
さらに、墨消しされていない設計図からは、地下に208もの秘密の部屋が設けられ、熱を発生させる機器を換気するためのシステムが複数設置される計画であることが判明した。専門家らは、これらの設備が高度なコンピューター機器やデータ処理装置の運用を想定していると推測している。影の国家安全保障担当大臣を務めるアリシア・カーンズ議員は、「この大使館は経済戦争の発射台となる」と強く警告している。
中国による海外での情報・工作活動は、近年各国で相次いで摘発されている。
2025年1月にはドイツで軍事技術情報の収集に関与したとして3名が起訴され、同年4月には欧州議会で活動していた中国人男性がスパイ行為で有罪判決を受けた。フィリピンでは2025年1月、米軍がアクセスする軍事基地を含む重要インフラの地図作成を行っていたとして中国人が逮捕された。英国でも、MI5長官が2023年に「数万人規模の英国人が中国のスパイから接触を受けている」と述べ、その活動は「まさに壮大な規模」であると警鐘を鳴らしている。
また、中国は各国に「海外警察サービスステーション」と呼ばれる非公式の拠点を設置し、在外中国人の監視や反体制派への圧力行使を行っているとされる。人権団体「セーフガード・ディフェンダーズ」によれば、こうした拠点は世界50カ国以上に100箇所以上存在し、日本でも2023年に東京都内で拠点とみられる施設が捜索を受けた。外交関係に関するウィーン条約は、許可なく在外公館以外の政府関連施設を設置することを禁じており、これらの活動は明確な国際法違反だ。
日本の対応と国際的な警戒
日本においても、中国は過去に外交拠点の拡大を図ってきた経緯がある。2008年末、中国政府は日本政府に対して、沖縄県に総領事館を開設する希望を非公式に打診した。しかし、日本政府は安全保障上の理由から難色を示し、中国側は最終的に要請を撤回した。
国会での質問主意書によれば、政府関係者は「沖縄には在日米軍基地が集中しており、総領事館に中国軍関係者や情報機関の人間が常駐すれば、米軍や尖閣諸島を監視する前線基地になる懸念がある」と指摘していた。この日本の対応は、外交拠点の戦略的意味を認識した毅然とした判断であったといえる。
今回の英国政府の決定に対し、中国外務省の郭嘉昆報道官は「外交施設の建設を支援することは接受国の国際的義務である」と述べ、7年にわたる承認遅延を「複雑化・政治化」と批判してきた経緯に言及した。英国政府は、情報機関が「リスク軽減措置のパッケージ」を策定したとして国家安全保障は確保されると説明するが、ダン・ジャービス安全保障担当大臣も「中国は引き続き国家安全保障上の脅威をもたらす」と認めている。
他方の地元住民や香港民主化運動の支持者らは司法審査の申し立てを計画しており、法廷闘争はまだ続く可能性がある。米国など同盟国からは、金融ケーブルを通じて機密データが漏洩しないよう英国に保証を求める圧力がかかっているとも報じられている。スターマー首相は今後数週間以内に首相として初の訪中を予定しており、今回の承認はその地ならしとの見方もある。経済的利益と国家安全保障のはざまで、英国政府がいかなるバランスを取るのか、国際社会は注視している。


