2026年1月14日から17日、カナダのマーク・カーニー首相が中国を公式訪問し、習近平国家主席らと会談した。
カナダ首相の訪中は2017年以来8年ぶりで。この間、2018年のファーウェイ副会長逮捕を契機に両国関係は冷え込み、中国は報復としてカナダ人元外交官らを拘束。2023年には領事の相互追放に発展し、2025年3月には中国がカナダ国籍保有者4人の死刑を執行したことでカナダ政府が強く反発していた。こうした経緯を踏まえれば、今回の訪中がいかに劇的な転換かが分かる。
中国外務省は会談を「中加関係の転換点」と報じ、両国が「新型戦略的パートナーシップ」推進で一致したと伝えた。共同声明には経済財政対話の再開、エネルギー協力強化、通貨スワップ協定延長などが盛り込まれ、カナダの「一つの中国政策」再確認も強調された。
具体的成果として、中国製電気自動車(EV)への関税引き下げが注目される。カナダは2024年、バイデン米政権と足並みを揃えて中国製EVに100%の関税を課していたが、今回の合意で年間49,000台を上限に6.1%まで引き下げる。
代わりに中国は農産物への報復関税を引き下げ、キャノーラは3月1日までに税率を約85%から15%程度にする。カーニー首相はこれを「予備的だが画期的な合意」と評した。
額面通りに受け取れば、カナダは対中政策を「封じ込め」から「経済実利優先の協調」へ転換したように見える。しかし「親中路線への転換」と即断するのは早計だ。最大の理由は、この動きがトランプ政権下で悪化した米加関係への対応策という側面が強いからである。
トランプ関税がもたらした「経済的必然」
カナダは輸出の約80%を米国に依存している。しかしトランプ第2次政権は2025年8月、カナダからの輸入品に35%の追加関税を発動し、カナダを「51番目の州」にすると繰り返し発言した。グリーンランドへの領有権主張と相まって、カナダは主権と安全保障に深刻な懸念を抱くようになった。
中国税関総署によると、2025年の中国のカナダからの輸入額は前年から約10%落ち込んでおり、米中両国との貿易摩擦に挟まれたカナダにとって市場の多角化は喫緊の課題となっていた。
カーニー首相は訪中前に「米国との古い関係は終わった」と宣言し、2035年までに対米以外の貿易を倍増させる目標を掲げた。習近平氏も「中加経済貿易関係の本質はウィンウィンだ」と応じた。中国との関係改善は、イデオロギー的な「親中」というより、米国一極依存からの脱却という経済的必然に駆動されているのである。
ただし、中国側が会談を単なる経済協力以上のものとして位置づけている点には注意が必要だ。習近平氏は「互いの主権と領土保全を尊重すべきだ」と述べ、台湾問題を念頭に中国の立場への理解を求めた。
一方、カーニー政権は安全保障面では従来の立場を維持しており、2025年6月のG7サミットでは議長サマリーで「台湾海峡の平和と安定維持の重要性」について懸念を表明している。カーニー政権は経済と安全保障を切り離し、前者で中国と協力しつつ後者では西側同盟の立場を維持する「プラグマティック・エンゲージメント」を志向していると言える。
日本の経済安全保障と台湾有事への影響
この「経済と安全保障の分離」が持続可能か否かには疑問が残り、その帰趨は日本に直接影響を及ぼす。
第一に、G7・ファイブ・アイズの結束への影響だ。カナダが中国との経済関係を深めれば、西側の対中政策における「脆弱な環」となりかねない。
第二に、台湾有事への影響である。カナダが経済的利益と引き換えに台湾問題で中国に配慮すれば、有事の際の国際的対応が弱まる可能性がある。台湾の陳明祺外交部副部長は「経済的依存は北京にレバレッジを与える」と警告している。
第三に、カナダの次期潜水艦調達計画への影響も見逃せない。一時は日本のそうりゅう型も候補に挙がっていたが、現在は韓国が有力視される。中加関係の改善が進めば、この調達計画自体が政治的配慮の対象となりうる。
中国から見れば、今回の訪中は西側同盟「各個撃破」の一歩として位置づけられる。日本にとっては、北米の重要なパートナーが対中宥和に傾くことで、インド太平洋戦略の再検討を迫られる事態になった。


