米司法省は1月7日、中国籍の男が米空軍基地を無許可で撮影したとして起訴したと発表した。ミズーリ州西部地区連邦検事R・マシュー・プライスによれば、呉麒麟(Wu Qilin 、35歳)は2025年12月2日、B-2ステルス爆撃機の主要駐留基地であるホワイトマン空軍基地周辺で撮影行為を行い、連邦法違反(18 USC §7795)で起訴された。最高刑は懲役1年。
事件の経緯は単純だ。12月2日、基地周辺でマサチューセッツ州ナンバーのミニバンが目撃され、空軍憲兵が職務質問。呉は「B-2スピリットを見に来た」と述べ、撮影禁止を警告された。翌3日、同じ車両が再び基地フェンス付近に現れ、呉は「B-2の動画、基地フェンス、ゲート、軍事装備の写真を撮った」と自供。捜査当局は携帯電話から18点の画像・動画を発見した。呉は別の空軍基地も撮影したことを認めている。

ホワイトマン空軍基地のフェンス。誰もが内部を視認することができる。(Google Map)
呉は2023年6月22日、アリゾナ州ノガレス付近で不法入国し逮捕されたが、拘留施設不足のため保釈され、2027年2月の強制送還手続きを待っていた。移民税関執行局(ICE)は12月3日、呉を再逮捕した。
取り締まりが低調だった法の「復活」
適用された18 USC 795とは、1950年の大統領令に基づき「重要な軍事施設や装備」の無許可撮影を禁じる連邦法のこと。だが法律専門家によれば、この法の適用例は極めて少ない。コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌の2016年調査では、過去60年で関連判例はわずか11件。憲法上の合憲性に関する挑戦も行われていない。
最も近い事例は2013年のジェノベーゼ氏対サウサンプトン町事件だ。女性が公道から空軍基地内のヘリコプターを撮影し拘束されたが、裁判所は「重要軍事施設の撮影」として警察の拘束に正当性を認めた。ただし弁護側が法の適用に異議を唱えなかったため、憲法問題は検討されなかった。
刑法理論からは、公道から視認できる対象の撮影を犯罪とすることには疑問がある。真に秘匿すべき軍事情報なら、管理者が塀などで物理的に保護すべきだからだ。可視状態の対象を撮影する行為まで処罰することは、罪刑法定主義が求める明確性の原則に反するおそれがある。実際、Google Earthで同基地の衛星画像は誰でも閲覧できる。この法的矛盾が、適用が低調だった一因とみられる。
では、なぜ今回は起訴されたのか。背景にはトランプ政権の安全保障政策がある。ホワイトマン空軍基地は2025年6月、イラン核施設へのB-2攻撃を実施した戦略的要衝だ。さらにデイリー・コーラー紙の2025年11月調査で、同基地が中国共産党と関係する人物が所有するトレーラーパークと隣接していることが判明し、セキュリティ上の懸念が高まっていた。
司法省は空軍特別捜査局(AFOSI)と憲兵隊、FBI、ICEの合同捜査と明記。単なる不法移民の撮影行為ではなく、カウンターインテリジェンス案件として扱っている。呉が「別の空軍基地も撮影した」と認めた点も、組織的情報収集活動の可能性を示唆する。
トランプ政権は2025年9月以降、対中強硬姿勢を鮮明にしており、軍事施設周辺での中国人の活動に対する警戒レベルが明らかに上がっている。今回の起訴は、従来看過されてきた行為に対する法執行の転換点とみるべきだろう。
韓国で露呈した法の「穴」と日本の現状
同様の問題は韓国でも深刻化している。韓国国家情報院は2025年4月、「2024年6月以降、中国人による軍事基地や情報関連施設の無断撮影事件が11件発生した」と報告。2025年3月には水原空軍基地で中国人高校生2人が戦闘機を数千枚撮影し摘発された。1人の父親は中国公安と供述した。
だが韓国には致命的な法の欠陥がある。刑法第98条のスパイ罪は「敵国」のためのスパイ行為のみを処罰対象とし、最高裁判例上「敵国」は北朝鮮のみを指す。中国人が軍事情報を収集しても、北朝鮮との関連が証明できなければスパイ罪で起訴できない。
そのため与野党は2024年11月、「敵国」を「外国およびこれに準ずる団体」に拡大する改正案を小委員会で可決したが、最大野党が反対に転じ、12月の戒厳令で協議は中断。淑明女子大学の南成旭教授は韓国紙に、「OECD加盟38カ国でスパイ罪適用を敵国だけに限定している国は韓国だけだ」と指摘している。
日本はさらに深刻だ。現行法では自衛隊施設の撮影を直接禁じる規定はなく、政府も1985年の国会答弁で「撮影禁止の掲示は差し控えを期待するもの」と認めている。小型無人機等飛行禁止法はドローン飛行を禁じるが、地上からの通常撮影は規制対象外だ。
米韓のような軍事基地保護法に相当する法制度がない日本で、同様の事態にどう対処するのか。さらに日本には韓国のような「スパイ罪」すら存在しない。今回の米国の事例は、日本に重い問いを投げかけている。法の不備を放置したまま、安全保障上の脅威に対処できるのか。
一方、日本人の規範意識で、公道からの重要施設撮影が逸脱行為となるのか。そもそも誰もが視認できる状況に法益があるのか。米韓が法執行を強化し、法改正に動く中、日本も判断が迫られる時期にきている。

