台湾海巡署元隊員、中国へ機密漏洩で懲役7年8月——「グレーゾーン戦略」の標的に

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台湾海巡署元隊員、中国へ機密漏洩で懲役7年8月——「グレーゾーン戦略」の標的に

台湾高等法院高雄分院は1月6日、中国に国家機密及び軍事機密を漏洩した罪で、海洋委員会海巡署(日本の海上保安庁に相当)の元隊員に対し、懲役7年8月の判決を言い渡した。

スパイ活動の手口

判決によれば、元隊員は2022年9月、「Tony」と名乗る中国人工作員から接触を受け、金銭的利益を約束されて中国の情報組織に加入した。以後約1年10カ月にわたり、勤務先で入手した国家機密、軍事機密、公務上秘密とされる文書や電磁記録を私用スマートフォンで撮影し、通信アプリを通じてTonyのアカウントに送信していた。

報酬は暗号資産「テザー(USDT)」で支払われ、総額は1万8,522USDT(日本円で約280万円相当)に上る。暗号資産の使用は、金銭の流れを追跡困難にするスパイ活動の常套手段であり、台湾当局にとって捜査上の課題となっている。

元隊員は家族の金銭的困窮を動機として挙げているが、裁判所は「国家安全への危険を招き、自由と民主主義の価値を守ろうとする国民の士気を打撃した」と厳しく断じた。捜査段階での自白と犯罪収益の全額返還により量刑が考慮されたものの、なお上訴の余地が残されている。

なぜ海巡署が標的となるのか

本件で注目すべきは、中国の情報収集対象が海軍ではなく、法執行機関である海巡署に及んでいる点である。

背景には、中国による「グレーゾーン戦略」の深化がある。2024年5月の「聯合利剣-2024A」演習以降、中国は人民解放軍と海警局を一体運用する形で台湾周辺での活動を常態化させている。同年10月の「聯合利剣-2024B」では艦艇17隻に加え海警船17隻が投入され、2025年末の大規模展開では海警船約30隻が南西諸島周辺から南シナ海にかけて活動した。

中国海警局は2024年2月の金門島沖での漁船衝突事故を契機に、台湾実効支配海域での「法執行パトロール」を開始。烏坵嶼や東引島の制限水域への進出、台湾本島東部での活動公表など、海巡署との直接対峙を想定した行動を拡大している。

こうした状況下で、海巡署の運用情報——巡視船の配置、パトロール経路、通信手順、対処マニュアル——は中国にとって極めて高い情報価値を持つ。武力衝突に至らない「法執行」の名目で台湾の海域管轄権を侵食する戦略において、相手の手の内を知ることは作戦成功の鍵となるからだ。

経済安全保障への示唆

この事件は、安全保障上の脅威が軍事領域にとどまらず、海上法執行機関や民間部門にまで拡散している現実を示している。暗号資産による報酬支払いという手法は、従来の金融監視網を回避する試みであり、経済安全保障の観点からも警戒を要する。日本においても、海上保安庁や重要インフラ関係者を標的としたスパイ活動への備えが急務である。

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Seculigence Editorial Department