北朝鮮の朝鮮人民軍は1月4日、極超音速ミサイルの発射訓練を行い、金正恩国務委員長が視察した。ミサイルは平壌市力浦区から北東に発射され、日本海上の1,000km離れた標的に着弾した。朝鮮中央通信が5日伝えた。
これに対して防衛省は、少なくとも2発の弾道ミサイルが発射され、いずれも変則軌道で飛翔した後、日本海の我が国排他的経済水域(EEZ)外に落下した旨を発表した。
- 1発目:7時54分頃発射、最高高度約50km程度、約900km程度飛翔
- 2発目:8時5分頃発射、最高高度約50kn程度、約950km程度飛翔

極超音速ミサイルの飛揚経路推定図(防衛省)
北朝鮮の弾道ミサイル発射は、昨年11月7日の短距離弾道ミサイル発射から約2か月ぶり。北朝鮮が公開した写真ではミサイルの形式は識別できないが、韓国大手紙「朝鮮日報」は4日、軍周辺の見方として、KN-23を改良した「火星砲−11マ」が発射されて可能性が高いことを報じた。

北朝鮮が公開した極超音速ミサイルの写真(朝鮮中央通信)
火星砲−11マは韓国軍と在韓米軍のミサイル防衛網を無力化するために開発中の極超音速滑空体(HGV:Hypersonic Glide Vehicle)で、低高度を変則軌道で飛翔するため探知と迎撃が難しい。昨年10月10日の朝鮮労働党創建80周年記念閲兵式で初公開され、同月22日に1回目の試験発射(推定)が行われた。北朝鮮は戦術核を搭載可能と主張する。
北朝鮮がこのタイミングでHGV発射訓練を行った背景には、米国の動きがある。朝鮮中央通信は発射の必要性について、「最近の地政学的危機と多端な国際的出来事が説明している」という金正恩氏の言葉を紹介し、米国によるベネズエラのマドゥロ大統領拘束が背景にあることを示唆した。
4日には李在明大統領が就任以来初めての中国訪問をしているが、平壌の心を動かしたのは友好国ベネズエラでの大事件だったと見るべきだろう。
韓国の専門家もこの見方を支持している。世宗研究所の鄭成長副所長は、「北朝鮮指導部は大きな衝撃を受けたものと思われる。米国が金正恩の排除に成功した場合、序列2の朴正天中央軍事委員会副委員長が、米国に対して核攻撃を実施する」と分析し、米朝関係を懸念する。
即応体制が示す北朝鮮の意図
北朝鮮が中南米版の「斬首作戦」ともいえる作戦に対応してHGVを発射したのであれば、極めて高い即応性を持っていることを意味する。
マドゥロ氏拘束とHGV発射を北朝鮮時間(PYT)で整理したものは次のとおりだ。
- 3日16:00 マドゥロ氏拘束作戦開始、特殊部隊が居住エリアに突入
- 4日01:15 ホワイトハウスが記者会見、軍事介入を公式発表
- 4日07:54 北朝鮮が1発目のHGVを発射
- 4日08:05 2発目のHGVを発射
- 4日08:21 トランプ大統領がSNSでマドゥロ氏拘束を発表

トランプ大統領のSNS(TRUTH.)
特筆すべきは、トランプ大統領がマドゥロ氏拘束の「成功』」を世界に喧伝するわずか27分前、既に北朝鮮のミサイルが空を切り裂いていた点だ。
米国が作戦開始を公表してから約7時間。偶然か計算か、北朝鮮のミサイルはトランプ大統領の勝利宣言と時をほぼ同じくして発射された。タイミングの一致が意図的だったかどうかは不明だが、平壌がベネズエラ情勢を注視していたことは間違いない。
しかし、北朝鮮はベネズエラでの動きを報道だけで掴んでいたわけではない。北朝鮮は1990年代に駐ベネズエラ大使館を閉鎖したが、マドゥロ政権下で対米強行路線が一致したことを背景に、2015年に大使館を再開設していた。大使館は情報活動の拠点でもある。
2019年の軍事協力協定の真相
北朝鮮とベネズエラは2019年に軍事協力支援協定を締結したことで知られる。同年8月に平壌にベネズエラ大使館が開設され、翌9月にはベネズエラ高位代表団が訪朝し、各分野での協力関係を発展させることを協議した。
その際、代表団はマドゥロ大統領から金正恩氏への親書と贈物を手渡し、最高人民会議の朴泰成議長は「反帝・自主で結ばれた両国の戦闘的友誼と兄弟的友好・協力関係が強化され、発展するであろう」と表明した。
両国間の軍事支援協力協定は公開されていないが、マドゥロ氏は代表団の帰国後、テレビのインタビューに「軍事的支援と協力に関する素晴らしい合意が結ばれた」と答えている。だが、これは単なるレトリックではない。国連安保理・北朝鮮専門家パネルは報告書(S/2020/151)で、両国間の軍事・技術的協力合意に対して、制裁違反の疑いで公式な調査が開始されたことを記録している。

北朝鮮との軍事協定締結を伝えるスペイン語紙(infobae)
しかし、両国の軍事協力はあまり進展しなかったようだ。協定締結直前の2019年7月、米南方軍のファラー司令官は上院軍事委員会への声明で、「外部国家勢力として中国、ロシア、そして程度は低いもののイランと北朝鮮が影響力を拡大している」と警告していたが、以降、声明で北朝鮮に関する指摘はない。
北朝鮮が中南米で大使館を設置するのは、キューバとニカラグア、ベネズエラの3か国。その思惑は米国の「裏庭」であるカリブ海地域で「反米の弧(Arc of Resistance)」を形成することにあったと見られる。
米情報関係筋は「北朝鮮がベネズエラなど在米のヒスパニック系移民を利用して、米国の政治や軍事情報を収集している。彼らのネットワークは広くて、早い。北朝鮮はマドゥロ拘束の状況をリアルタイムで把握していたはずだ」と述べた。
ホワイトハウスの作戦公表から準備を始め、トランプ大統領の拘束投稿の27分前にHGVを発射した動きからは、北朝鮮の高い即応態勢と世界規模での情報収集の実態が透けて見える。

