1月3日に起こった米軍による中南米のベネズエラへの侵攻は、マドゥロ大統領の拘束が目的だった。新年早々に舞い込んだ大国による周辺国への軍事行動には、世界中に大きな衝撃を与えた。Seculligenceではこのインパクトについて、前編でマドゥロ大統領拘束に至る経緯と米軍の情報作戦、後編で事件が世界経済や台湾有事に与える影響をお届けする。
カラカスの「長い夜」と電撃の15分
2026年1月3日、午前2時1分(カラカス現地時間)。ベネズエラの首都カラカスは、これまでに経験したことのない異様な重低音に包まれた。
カリブ海で遊弋する米海軍第12空母打撃群の旗艦、原子力空母「ジェラルド・R・フォード」から発艦した航空機群が、ベネズエラ軍の防空網を無効化し、低空で首都に侵入した。
標的は、カラカス南西部に位置する国内最大の軍事複合施設「フエルテ・ティウナ(Fuerte Tiuna)」。そこには、ニコラス・マドゥロ大統領と妻のシリア・フローレス氏が、堅牢な防護壁と忠誠を誓った大統領警護隊に守られて眠っていた。
突入したのは、米陸軍の精鋭デルタフォースと特殊作戦航空連隊。爆音で宮殿の窓が砕け、閃光弾が炸裂した。拘束までにかかった時間は、わずか15分。マドゥロ氏はかつてバス運転手時代に愛用していたとされる古いお守りを握りしめたまま、抵抗する間もなく米軍機へと押し込まれた。
同日午前4時21分、ドナルド・トランプ米大統領はSNS(Truth Social)で短く、しかし世界を揺るがす宣言を行った。
「アメリカ合衆国は、ベネズエラとその指導者ニコラス・マドゥロに対し、大規模なストライキを成功裏に遂行した。マドゥロと妻は拘束され、国外へ移送された。彼はこれから、アメリカの法廷で自身の罪に向き合うことになる。正義はなされた」

Operation Absolute Resolve(絶対決意作戦)の戦況図と懸賞金ポスター
「太陽のカルテル」 国家を隠れ蓑にした麻薬組織
米国が今回の軍事行動を「戦争」ではなく「法執行」と定義した根拠は、2020年に米国司法省がマドゥロ氏を起訴した「麻薬テロリズム」の罪状にある。
米国の主張によれば、マドゥロ政権は単なる独裁政権ではなく、「太陽のカルテル」と呼ばれる巨大な麻薬密売組織そのものだった。この名称は、ベネズエラ軍幹部の階級章に「太陽」が描かれていることに由来する。
2020年の起訴状によれば、マドゥロ氏はコロンビア革命軍(FARC)の残党と結託し、年間数百トンのコカインを米国へ流入させていたとされる。当時のウィリアム・バー司法長官は「マドゥロらは、ベネズエラ国民の苦しみを食い物にし、アメリカのコミュニティを麻薬で破壊しようとした犯罪組織の首領である」と述べている。
2025年1月のマドゥロ氏の3期目就任強行を受けて、米国はこの起訴に伴う懸賞金を5,000万ドル(約74億円)まで引き上げた。米情報関係者は「国家元首にこれほどの懸賞金がかけられた前例はない。オサマ・ビンラディンの懸賞金の2倍という金額にトランプ政権の危機感が表れている」と指摘する。
米軍が中南米の国家元首を拘束するのは、1989年のパナマ侵攻におけるノリエガ将軍以来。米国は国際法上の「主権免除(不逮捕特権)」を、マドゥロ氏が「正統な大統領ではない」と決めつけることで事実上無効化した。
最後通告となった2024年大統領選の「不正」
軍事介入の直接的な引き金となったのは、2024年7月28日に行われた大統領選挙とその後の凄惨な弾圧だ。
選挙直後、ベネズエラ選管はマドゥロ氏の勝利を宣言したが、詳細な結果を一切公開しなかった。一方、野党連合は全国の投票所から独自に回収した集計票の81%をオンラインで公開。それによれば、野党候補のエドムンド・ゴンザレス氏が67%の得票を得て圧勝していたことが示されていた。
しかし、マドゥロ氏は自身の忠実な部下で構成される最高裁判所に「選挙結果の有効性」を追認させ、2025年1月10日、厳重な警戒の中で3期目の就任式を強行した。この際、マドゥロ氏は演説でこう豪語している。
「私は米政府や帝国主義者によって大統領にされたのではない。歴史と人民から選ばれたのだ。誰一人として私のハンドル(権力)を奪うことはできない」
この「不正な就任」が、国際社会におけるマドゥロ政権の最後の正統性を奪うことになる。米国および米州機構(OAS)はゴンザレス氏を「次期大統領」と承認し、マドゥロ氏を「簒奪者」と再定義した。
なぜ世界最大の油田で国民が餓えるのか
ベネズエラがこれほどまでの崩壊に至った背景には、「オランダ病」の極端な進行と社会主義政策の致命的な失敗がある。
1960年代にオランダで天然ガスが発見された際、資源輸出による通貨高が他産業を壊滅させた現象に由来するこの経済病は、ベネズエラにおいて最悪の形で発現した。石油輸出が外貨獲得の9割以上を占める歪な構造の中で、前大統領チャベスとその後継者マドゥロは、国営石油公社の利益をすべて政治的配給や汚職に流用した。
その結果、生産設備は老朽化し、精製所では爆発事故が多発。かつて日量300万バレルを誇った産出量は、2025年には80万バレル以下にまで低迷した。世界最大の原油埋蔵量を持ちながら、ガソリンや食料をイランやロシアからの輸入に頼るという皮肉な事態を招いている。

資源大国の皮肉(2025年推定値)
米国の情報作戦で瓦解した軍
しかし、あれほど強固に見えたマドゥロ政権の軍事基盤が、なぜ侵攻時に機能しなかったのか。
その答えは、軍内部の深刻な格差にある。マドゥロ氏は将官クラスに金鉱山や石油利権を与えて懐柔していたが、現場の若手将校や兵士たちは、一般市民と同様に飢えに苦しんでいた。
前出の米情報関係者は、事前の瓦解工作が展開されていたことを証言する。
「ベネズエラには正規軍と革命・私兵組織が混在し、それぞれ牽制しあっている。そのため軍人が少しでも不満を口にすれば、拷問・拘束されていた。貧困層出身の若手将校のほとんどは、ゴンザレス氏が真の大統領だと認識している。そのような状況の中で米軍は侵攻に先立ち、寝返った者、あるいは抵抗しない者には恩赦と安全を保証するという秘密裏のメッセージを彼らに浸透させた。最も有効だったのは5千万ドルにまで引き上げられた懸賞金の存在だ。軍はマドゥロら左翼勢力を見かぎり、米国による新国家建設を選択した」
1月3日の未明、防空システムのスイッチが切られ、レーダーに「空白」が生じたのは、軍内部の反乱分子による協力があったからだと推測されている。独裁者を支えていたはずの「盾」は、その内側から錆び落ちていった。
自由の夜明けか、あるいは混沌の始まりか
マドゥロ氏の身柄は、作戦に参加した強襲揚陸艦「イオー・ジマ」を経て、米軍機によってニューヨークに送られた。彼は間もなく、ニューヨーク連邦裁判所の法廷に立つことになるだろう。
しかし、独裁者の拘束は「目的」であっても「解決」ではない。ベネズエラ国内には依然として、武装した親政権民兵組織「コレクティーボ」が潜伏しており、暫定政府による統治が安定する保障はない。さらに、マドゥロ氏を強力に支援してきた中国とロシアは、この「一方的な侵略」に対して、これまでにない強硬な姿勢を示し始めている。
後編では、マドゥロ逮捕が引き起こす「地政学的リスク」を深掘りする。中国の「祖国カード」による監視網の崩壊、国際石油市場へのショック、そしてこの前例が「台湾有事」や「南シナ海問題」に与える不吉な影について論じる。
【後編】中国「620億ドル焦げ付き」の先にある台湾有事リスク── ベネズエラで解体される「デジタル監獄」と世界秩序の黄昏


