中国人民解放軍で台湾や東シナ海、西太平洋を担当する東部戦区は12月29日、陸海空軍およびロケット軍からなる統合部隊を編成し、台湾周辺海域で大規模演習「正義の使命2025」を開始した。同日、解放軍報が伝えた。
2022年から続く一連の演習は、即応性の向上のみならず、日米など外部勢力の介入阻止(A2/AD)へと明確に軸足を移している。 この演習による台湾周辺海域の緊張は、日本のエネルギー、物流、半導体サプライチェーンという経済安全保障の急所を直撃する。
演習では、海上・空中での戦闘哨戒、重要港湾の封鎖、そして「外線立体阻止」と称する日米支援勢力の接近阻止が演練された。日本の民間インテリジェンス機関「DEEP DIVE」の衛星画像解析によれば、中国空母3隻は軍港に係留中であり、今回の演習は空母に頼らずとも、基地発進の航空機とミサイル戦力、および海警局の連携によって「封鎖」が可能であることを誇示する狙いがあるとみられる。

2022年から2025年までの演習海域を重畳させた図
台湾包囲演習の質的変化:常態化から「実戦移行」へ
中国は2022年8月、米民主党の最中国強硬派であるナンシー・ペロシ氏が下院議長として25年ぶりに訪台したことに反発して、台湾を包囲する6つの区域を設定した重要軍事演習を初めて行った。その後、2023年4月に連合利剣、2024年5月に連合利剣−2024A、10月に連合利剣−2024B、2025年4月に海峡雷霆−2025Aと、台湾包囲演習を立て続けに実施している。
近年の台湾包囲演習には幾つかの特徴がある。第一は「冠」演習の定着だ。連合利剣などコード名を付した演習が常態化した。これは演習を「いつでも実戦に移行できる政治ツール」として確立する狙いがある。第二は「海警」の軍事利用だ。2024B以降、海軍だけはなく海警局が前面に出ることで、演習を国内問題化するとともに、国際社会からの非難をかわす法律戦を展開する。第三は即応・短期間だ。演習は事前通告なしに開始され、数日程度の単位間で終える。演習と実戦の境界線をなくし、主導を取ることを目的としている。
そして演習は回を重ねるごとに、実戦的な外部勢力(日米)の介入阻止へと焦点が移っている。特に今回の演習では「外線立体阻止」と称する日米など台湾支援勢力の接近を海・空・宇宙・電磁波・サイバーで阻止することを掲げた。演習名を海峡雷霆−2025Bとせず、正義の使命2025としたのは、これまでの演習の延長ではなく、一段階高い次元の「使命」を実現するための段階に入ったことを示唆している。
日本経済を揺さぶる「シーレーン・チョーク」
軍事的緊張以上に深刻なのが、日本経済への直接的な影響だ。特に台湾周辺海域(西側:台湾海峡、南側:バシー海峡)は、日本の生存を支える大動脈。経済安全保障の観点から重大なリスクが浮かび上がる。
戦略国際問題研究所(CSIS)やアトラス国際問題研究所のデータによれば、世界貿易の約4分の1、年間5.3兆ドル(約830兆円)が南シナ海から台湾周辺海域を通過する。日本にとって、輸入の約32%、輸出の約25%(合計約4,440億ドル、約65兆円相当)がこの海域に依存している。日本のGDP約600兆円を大きく上回る巨大な富が、演習によって一時的にでも遮断・停滞することは、日本のみならず世界経済の「心停止」を意味する。
特にエネルギー断絶のリスクは甚大だ。日本は原油輸入の約95%は中東に依存している。そのうち約90%が台湾周辺海域を経て日本に届く。LNG(液化天然ガス)についても同様で、オーストラリアやマレーシアからの輸入の多くが通過する。
2025年12月現在の原油価格(JCC価格)は約80ドル/バレル前後で推移しているが、台湾周辺海域リスクが高まるたびにリスクプレミアム(不安要素による価格上乗せ)が反映される。2022年の重要軍事演習に際しては、原油(WTI先物)は一時95ドル、国内ガソリン平均は170円を超えた。2025年12月現在も、3ドルから5ドルのプレミアムが発生している。
さらに台湾封鎖が現実味を帯びると、ロイズ保健組合による「紛争リスク地域」への指定の可能性が高まる。通常、戦争リスク保険の料率は0.01%〜0.02%だが、演習や小規模な衝突など高リスク地域に指定されると0.5%〜1.0%に跳ね上がる。LNG運搬船で仮定すると、平時は1日数万円で済んでいた保険料が、演習海域を通過するだけで4億円近くに上昇する。
では、台湾周辺海域を迂回してロンボク海峡から太平洋へのルートはどうか。その場合航路は約1,000海里伸びて、片道で3日程度の遅延が発生する。LNG運搬船の1日あたり運航コストは約4千万円だから、往復で2億4千万円のコスト増となる。
標準的なLNG運搬船はおおよそ100億円から150億円分のLNGを運搬している。これに運搬船の建造費約400億円が加算されるため、上述のような高額な保険料となる。本格的な紛争地の保険料率は5.0%だが、実際には引き受け拒否されることもあり得る。

赤線は通常ルート、青線は台湾周辺海域を迂回するルート
そして、最も重要なことはLNG運搬船が「巨大な爆発物」であることだ。そのため少しでも紛争のリスクがあると、LNG運搬船の運航は即座に停止される。
2025年12月現在の石油備蓄量は官民合わせて248日分と、日本は世界トップクラスの備蓄量を誇る。一方でマイナス162度で保存しなければならないLNGは長期保存できず、備蓄量は2週間から3週間分しかない。台湾危機が1か月も続けば、火力発電所の約3割が燃料切れとなり、大規模停電が現実のものとなる。
世界の「頭脳」と「心臓」の封鎖:半導体ショック
台湾は最先端のロジック半導体(10ナノメートル未満)の92%を製造する。これは最新のスマートフォンやAIの頭脳を調べると10個のうち9個が台湾で生産されていることを意味する。
現在、台湾の半導体生産は3つのサイエンスパークに分散している。台北市に近い新竹市にはTSMC本社があり、次世代の2ナノ開発など司令塔と研究開発を担う。主力生産拠点は中部の台中市で、主に7ナノを生産する。iPhoneやAIに使われる5ナノ・3ナノなど最先端チップを世界で唯一量産する拠点は南部の台南市にある。新竹市が頭脳、台南市が心臓と言われる所以だ。
中国が実弾射撃などの名目で出している航行警報は、これら地域を見事に包囲している。台湾交通部は、演習によって台湾と各国を結ぶ航空便の利用客10万人に影響が出ると発表したが、より重要なことは半導体の輸送が制限されることだ。
半導体は非常に高価で需要の変動も激しいため、リードタイム短縮の観点から航空輸送が不可欠で、台湾桃園国際空港を発着する中華航空、エバー航空が空輸を担っている。船舶以上に脆弱な旅客機は、演習や紛争の影響が運航を直撃する。
台湾からの半導体供給が完全に停止して、日本の自動車、電機など主要8業種の生産が3分の1減少したとすると、名目GDPは年間で1.4%から最大で6.0%押し下げられるとの試算がある。金額に換算すると、年間で約8兆円から30兆円の経済損失に相当する。
供給が完全に停止しないまでも、日本の製造業は「ジャスト・イン・タイム」方式を採用していることが多いため、半導体の供給がわずか2週間滞るだけで国内工場の稼働停止が相次ぐ。国内でも古い半導体は作ることはできるが、「頭脳」を入手できないため、最終的な製品は出荷できない。
自律的安全保障と生産基盤の見直しが急務
中国は高市早苗首相の「存立危機事態」発言に強く反発し、「正義の使命2025」演習の目的にも日米など外部勢力の干渉排除を掲げた。しかし、こうした中国の政治的レトリックとは別に、台湾海峡危機が日本に及ぼす影響は、サプライチェーン、エネルギー安全保障、半導体供給という三つの側面から極めて具体的かつ定量的に示される。
本稿で検証したように、年間65兆円規模の貿易、2週間分しかないLNG備蓄、台湾依存度92%の最先端半導体という数字は、台湾海峡の安定が日本の経済安全保障における「致命的なボトルネック」となっていることを如実に物語る。
この構造的脆弱性に対処するには、二つの並行したアプローチが不可欠だ。第一は、安保三文書の改定前倒しや日米同盟・NATO連携の深化といった外交・安全保障面での抑止力強化である。第二は、Rapidusプロジェクトによる2ナノチップ国産化、エネルギー供給源の多様化、代替輸送ルートの確立など、経済・産業基盤のレジリエンス構築である。
今回の演習が示唆するのは、台湾海峡をめぐる緊張が「いつか起こるかもしれないリスク」から「常態化した現実」へと質的に転換したという事実だ。日本に残された時間は、想定よりはるかに少ない。

